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大津地方裁判所 昭和37年(行)1号 判決

原告 太田卯一

被告 大津地方法務局長

訴訟代理人 杉内信義 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告が昭和三六年六月一五日大津地方法務局彦根支局に対してなした別紙目録記載(一)の土地についての相続による所有権移転登記申請、同目録記載(二)の建物についての所有権保存登記申請につき同支局登記官吏仲田信男がなした右各申請却下処分に対する原告の異議申立に対し、被告が同年一〇月二四日なした右申立却下の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、その請求原因として、

一、別紙目録記載(一)(二)の各不動産はもと訴外太田千太郎の所有であつたが、同人が昭和三六年二月一四日死亡したので相続が開始した。同人には長女はな、二女北川栄、養子太田末次郎、養女太田塩があつたが、長女はなは昭和五年一月八日、養女太田塩は昭和二八年三月一二日にそれぞれ死亡し、亡太田千太郎の妻繁も昭和二二年四月一六日死亡している。太田末次郎と亡太田塩は夫婦で共に昭和一四年一月一六日亡太田千太郎夫婦と養子縁組をなしたものであるが、末次郎と塩との間に大正四年一月二七日出生の原告のほか七名の子女がある。ところで亡太田干太郎の相続につき北川栄、太田末次郎及び原告を除く原告の兄弟姉妹七名はすべて相続放棄をなし、他に相続人がないので右亡太田塩の長男である原告が単独で同女の代襲相続人となつた。

二、そこで原告は昭和三六年六月一五日大津地方法務局彦根支局に対し別紙目録記載(一)の土地につき相続による所有権移転登記の申請を、未登記である別紙目録(二)の建物につき所有権保存登記の申請をしたところ、同支局登記官吏仲田信男は原告が右のように亡太田塩の養子縁組前の子であることを理由に原告には代襲相続権がないとして原告の右登記申請を却下したので、原告は昭和三六年八月一〇日登記官更の右処分を不当として被告に対し異議の申立をなしたが、被告は同年一〇月二四日同一の理由で原告の右申立を却下する旨の決定をした。

三、しかし被告の右処分は以下に述べるとおり違法である。すなわち代襲椙続入となりうる者は被相続人の直系卑属でなければならないとの被告の見解は、家、従つて家督相続の制度が厳存し、判例にいう「嫡孫承祖」を重んじた旧法の下では是認しうるとしてもかかる制度を廃止した新民法の下では、代襲相続の要件についても家の承継という観念から離れ、個人を中心とした近代相続法の精神に照し合理的な解釈をしなければならない。而して相続の目的は被相続人に経済的な基礎を継承させることにあり、代襲相続は親が生きておればその親が相続し従つてそれを子が相続すべき筈であつた財産をその子が親に代襲して相続する制度であり、その本旨は相続人(被代襲者)が早世せず順調に遺産を相続しておれば当然相続人の直系卑属がその遺産を相続しうる期待の尊重という衡平の原則の見地から考えなければならない。そうとすれば養子縁組前の子であるか、縁組後の子であるかによつて代襲相続権の有無を論ずるのは誤りであり、代襲相続人となりうるか否から専ら被代襲者を中心に考え、その者の直系卑属であれば養子縁組前の子であつても代襲相続をなしうると解すべきで、養子の子と被相続人との間の血族関係は必要でないというべきである。また、代襲相続人となりうる者を規定する民法第八八八条第一項の「……相続人となるべき者が、相続の開始前に、死亡し、又はその相続権を失つた場合において、その者に直系卑属あるときは……」のその者とは被代襲者を指すことは明らかであり、代襲相続人は被相続人の直系卑属でなければならないとする趣旨でないことはいうまでもない。

以上の理由により原告は亡太田塩の代襲相続人として亡太田千太郎所有の別紙目録記載の不動産を相続したものであるのに、原告の前記登記申請を却下した登記官吏の処分に対する原告の異議申立を却下した被告の前記決定は違法であるから、その取消を求めるため本訴に及ぶ。

と述べた。

被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告が亡太田塩の代襲相続人として亡太田千太郎所有の別紙目録記載の物件を相続したとの点を除き原告の請求原因事実は全て認める。養子縁組前の養子の子に代襲相続権がないことを理由に原告の異議申立を却下した決定に違法はない。我が民法は血族相続主義の原則をとるものであるから被相続人の財産を承継しうる代襲相続人も又被相続人と血族関係にある者に限ると解すべきである。それに反する原告の主張は、代襲相続人は被代襲者の相続権を承継するものとの誤つた前提にたつている。被代襲者が相続開始前に有する相続権は厳密な意味での権利ではなく、単なる一種の期待権にすぎず、そのようなものの承継は考え難いばかりでなく、代襲相続人は民法第八八八条により自己固有の権利として直接に被相続人の財産を承継するものであるから、同条も民法第八八七条で示される血族相続主義の原則を貫くべきであり、本件において被相続人である亡太田千太郎と原告間に血族関係が存しないこと明らかである以上、原告が亡太田塩の代襲相続人として亡太田干太郎所有の本件物件を相続するに由なく、原告の右登記申請を却下した登記官吏の処分を是認し原告の異議申立を却下した被告の決定は正当であつて原告の本訴請求は失当である。

と述べた。

理由

原告が亡太田塩の代襲相続人として亡太田千太郎から別紙目録記載の物件を相続したとの点を除き、原告の請求原因事実はすべて当事者間に争いがないので、本件における唯一の争点は、養子縁組前の養子の子に代襲相続権があるか否か別言すれば代襲相続人は被相続人と血族関係にあることを要するか否かである。原告は新民法の下においては代襲相続の本旨は相続人(被代襲者)の直系卑属の有する相続期待の尊重という衡平の原則に求められるべきこと及び民法第八八八条一項の文理解釈等を論拠に、代襲相続人となり得る者は被代襲者の直系卑属であればよいから被相続人との血族関係は不要であり、養子縁組前の養子の子は養親の死亡により開始した相続について代襲相続をなし得ると主張する。この点に関しては従来から議論の岐れるところであるが、新民法は配偶者に独立の相続権を与えたほかは相続人の範囲を被相続人の直系卑属、直系尊属及び兄弟姉妹に限定する血族相続主義の原則を採つており、これは原告主張の家従つて家督相続制度の廃止とは関係なく、むしろ旧民法より強化せられているのであつて、代襲相続についてのみ血属相続主義の例外を認めた趣旨とは解せられない。原告主張の相続人の直系卑属の有する期待の尊重ということは、親を中心とした通常の相続形態のもとでは正当であろうが、代襲相続は親(被代襲者)を中心とするそれではなく、被相続人を中心とする民法第八八七条の一般原則の例外として認められた特殊の相続形態であるから、被相続人と代襲相続人との関係をも考慮しなければならない。原告のいう代襲者の有する期待の尊重の点のみを強調すれば配偶者に代襲相続権を認めていないことの説明に窮する。そして代襲者の相続法上の地位は、代襲者が自己固有の権利にもとづいて直接被相続人を相続するものと解するのを正当と考えるから、代襲相続人は被相続人と血族関係にあることを要するものと言わねばならない。そうすると本件において原告は亡太田塩が亡太田千太郎と養子縁組する前に出生した子であり、亡太田千太郎と血属関係がないのであるから、太田千太郎の死亡により開始した相続につき亡太田塩の代襲相続人となりえないことが明らかであつて、本件物件を相続するに由なきものというべきであり、原告の前記登記申請は不動産登記法第四九条第二号にいう事件が登記すべきものに非ざるときに該り且つ申請の欠缺が補正できない場合であるから、原告の登記申請を却下した登記官更の処分に対する原告の異議申立を却下した被告の決定に何等違法な点はなくこれが取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三上修 首藤武兵 吉川正昭)

目録〈省略〉

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